【別れ】  side:恭介

 

「何か、あったのか?」

気が付いたら、口がそう言っていた。

「何で?」

その疑問はもっともだと思う。

二日ぶりに公佳が家に来て、普段と同じ流れで

公佳お手製の夕飯を前に食卓について、ふと口から出たのだから理由なんてものはない。

けれど、口にしてみると、それが本当の事のように思えた。

いつもと何も変わらないが、なんとなく違う気がする。

その思いが顔に出たのか、俺を見た公佳は観念したように口をきった。

「なんでもないよ。ただ、ね」

ひとつ間を置いて公佳は言った。

「彼氏と別れた」

って、あの、浮気してるっていう彼氏か?

「・・・ふられたのか?」

「まさか。私から振ったの」

「何で別れたんだ?」

浮気しているような相手をさして何でも何もあったもんじゃないだろうが、

前に会話に出てきた時、そんなことには頓着していなかったように見えたから。

「・・・そろそろかなって、思ったから」

「はあ?」

「なんとなくね、そろそろかなって思ったの」

相変わらず、何でもない顔をして公佳は自分の論理で突き進む。

「それだけだよ」

らしくなく、小さく呟いて念押しする。

けれど、

「好きだったんだろ?」

「好きなんかじゃなかったよ。そんなわけ、ないじゃん」

そう、言うけれど、

「けどさ」

「違うってば」

「じゃあなんで、・・・なんで泣いてるんだ?」

公佳は言われて初めて気付いたようだ。

驚いたように目元に手をもっていって涙を確かめた。

その瞬間、駆け寄って・・・抱きしめてやろうかと思った。

でも、食卓を挟んでこの状況、席を立って公佳の元へ行くのはどうも滑稽で。

そして、俺たちはそんな関係ではないと思い直す。

例えその根本にある気持ちが家族を慰めるようなものであっても、

それは違う。と思った。

だから替わりに机の上に置いてあるビールを思いっきり飲み干した。

公佳が驚いたように見て来た。

あたりまえだ。この俺だって驚いてる。

「俺はどうも、酔うと記憶が飛ぶらしいんだよな」

嘘だ。

記憶が無くなったのなんて、公佳を家に連れてきちまった1度だけだ。

あまりにもくだらなく、見え透いた嘘。

でも、馬鹿みたいにそれしか思いつかなかった。

「だから、泣いちまえ」

きっと公佳は人前で泣いたことなんて無いと思う。

見られることに慣れていないと思う。

変なプライドで気持ちをごまかして欲しくなかった。

子供は子供らしく。それでいいじゃないか。

「公佳も飲むか?」

呆れたように、ほっとしたように、少しだけ公佳が笑った。

「・・・うん。飲む」

コップについでやる。

一口飲んで、堰を切ったように、公佳は泣いた。

それを見て、思う。

「好き、だったんだろ?」

「そんなこと、ない」

公佳は否定するけれど。

じゃなきゃ、付き合ってたりしなかっただろ?

なんでも平気でこなせるように見せていても、そんなに器用な奴でもない。

好きでもない奴と、付き合っていられるほどクールな奴じゃない。だろ。

精一杯大人の振りをして自分を保とうとしていた公佳に、言ってやった。

「・・・好きだったんだよ」


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