【別れ】  side:公佳

 

「何か、あったのか?」

急に聞かれて驚いた。

確かに、あったと言えばあった。

少しだけ、私の周りが変化した。

させた。

でもそれは些細な事で、私はその変化に惑わされていないはずだった。

実際友達の中には、その変化に気付いた人は私が口にするまで一人もいなかった。

なのに。

「何で?」

その答えは表情でしてくれた。

なんだか、かなわない。

「なんでもないよ。ただ、ね」

なんでもない事なのに、一瞬言葉に詰まる。

一呼吸置いて、言った。

「彼氏と別れた」

「ふられたのか?」

「まさか。私から振ったの」

そう、私から振ったんだ。



「ねえ。別れよう」

遼哉の家で、いつものように、恋人のように過ごして落ち着いた12時過ぎ。

自然と言葉がこぼれた。

「どうしたんだよ、いきなり」

本当にいきなりで、きっと戸惑ったと思う。

でも、自然と出た言葉はいくら言葉を足そうとも覆す力を持たなかった。

それほど、いつのまにか馴染んだものになってた。

「だって、このままでいても何にも変われないよ。幸せにだって、なれないよ」

私達が求めてたのは揺るがない幸せで、愛情。

それに無意識のうちに気付いたから、お互い惹かれ合ってた。

足りないものを埋めようとしてた。

特別に、ちゃんと話したことなんてそんなの恥かしすぎてないけど。

でも、そんなの一緒に過ごしてればわかる。

遼哉と私は似てるから。

「ねえ、本当は遼哉だって気付いてるんでしょ?私達は傷を舐め合ってるだけなんだって」

「・・・・・」

遼哉はいろんな子と付き合って、私は痛い事に触れないようにしながら

無感動にすることで寂しさを埋めていた。

方法は違ってたけど、それぞれ救いを求めてた。

だから、お互いがどう生きようとよかった。

反発しないことで自分の場所が確保できればそれでよかった。

遼哉は馬鹿だけど、馬鹿じゃない。私だって同じ。

周りにどう思われようとかまわない。

自分が生きたいように生きるだけ。

でも、それじゃあ何も救われない。

同じ傷を持つ事を確認しあって、安心したって前には進めないんだ。

満たされることはないんだ。

そう、気付いた。

前から気付いていた事に、恭介と過ごすうちに目の当たりにさせられた。

だから、動かなきゃ。

どこかでこうなることをお互いに知ってて、先延ばしにしてただけ。

「そろそろ、逃げることから抜け出さなきゃ」

ほんの数秒、短い短い沈黙がおりる。

「・・・そうだな」

観念したように、遼哉が呟いた。

外からでは見えにくいけれど、現実とちゃんと向き合おうとしているところは

きっと私しか気付いていない遼哉のいいところだと思う。

ため息ひとつついて切り替えて、気楽な顔して軽く聞いてくる。

「・・・好きな奴でもできた?」

「わかんない」

「わかんないのかよ」

呆れ気味に遼哉が笑う。

でも、返答の仕様がない。

「・・・うん」

だって、誰か別の人が好きになったわけじゃない。

このままじゃ前に進めないって思ったから別れるんだもん。

でも、気になる人が全くいないと言えないのも事実。

「あ〜あっ。とうとうこの日が来たか」

少し、枷がとれてすっきりしたように伸びをして、ベットに倒れこみながら遼哉が言った。

天井を見ながら、笑いを含んで拗ねたように言う。

「捨てられて、俺はどうすればいいんだよ」

私も少しすっきりした気持ちで、倒れこんだ遼哉をみながら言った。

「三波 由紀。あの子がいるじゃん。あの子、いい子だよ」

私達に無いものを持ってて、きっとそれを補ってくれることが出来る子だ。

そして。

「あの子は強いから。だから遼哉のこと任せられる」

そう、思った。

「子供かよ。俺は」

苦笑する。確かに、遼哉が遼哉の方法で見つけた人だ。

私が口を挟むことじゃないかもしれない。

でも、きっと二人は上手くいく。いって欲しい。

「ごめんね。助けてあげられなくて」

言われて、ちょっと驚いたような顔で起き上がって、そしてニヤリと笑ってこちらを向く。

「お互い様だろ」

少し語弊を感じる。

「私は遼哉に助けてもらいたいだなんて思ってなかったもん」

「俺だって思ってねーよ」

なるほど。

「そっか」

「そーだよ」

そうだったのか。

同時に気づいた。

私達はまだ子供で、何も出来なくて、精一杯大人のふりをしてる。

出来ないことがあるのに出来ると根拠も無く思ってる。

だから突き進む。分かっていながら突き進む。

それだけのことだったのか。

落ち着いて、なんだか落ち着いた沈黙の中で遼哉が口を開いた。

「でも、オレは今まで付き合った中で公佳が一番だったよ」

・・・そういう事を、言わないで欲しい。

それは、反則だ。



この、別れた事実を、恭介に話すつもりは無かった。

ましてや、恭介の前で泣くなんて思わなかった。

泣くつもりなんて無かったのに。気にするはずはなかったのに。

恭介も反則だ。

「好き、だったんだろ?」

「そんなこと、ない」

これは、この感情や関係は「好き」から来るものじゃなかったものだもん。

それなのに、恭介は知ったような顔してさらに畳み掛けてくる。

「・・・好きだったんだよ」

そう、当然のことのように言われて思った。

少しは、好きだったのかもしれない。

少しだけ、認めることにする。

・・・やっぱり恭介は反則だらけだ。


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