【春】  side:恭介

 

 
「あ」
朝早く、駅へ向かう途中で意識せず、小さな声を上げてしまった。
視界に入ったものの懐かしさ、珍しさに。

数歩進んだら忘れてしまうような小さな出来事に。


 
冷蔵庫を開けると、中身は空っぽだった。

「何か飲みもん買いに行ってくるけど何かいるかー?」
つまらなそうに雑誌を眺める公佳に問う。
「私も行くよ」

コンビニまでは徒歩5分。部屋にいたままのラフな格好で、

サイフだけ手に持って、気楽に歩く。
「いらっしゃいませー」
「何買うの?」
雑誌コーナーから離れ、公佳が近づいてきた。
「冷蔵庫の中身」
「ふぅん」
「あ。コレ食べようよ」
差し出したのは焼きプリン。
「好きだなあ」
「ま、ね。恭介だって、キライじゃあないでしょ?」
「まあ、ね」


手に下げた袋の中には公佳が入れた雑誌と
成り行きで買う事にした焼きプリンが2つ、

そして本来の目的であるところのペットボトルが数本。
バランス悪く一緒に収まっている。
こうして並んで歩いて、会話が止まる。
さっきまで何を話していたかと考えて、ああそうか、

最近新しく映画館ができたとか、そんなこと。
「そういえば」
「あそこに」
「・・・」
「気付いてたのか」
「そっちこそ」
差し示したのは、ガードレール下の存在。
ふと見つけたそれを、決して目立つものでもないそれを、公佳も見つけていたのか。

なんだか不思議な気持ちになる。
と同時にこの身に刺さる寒さがほんのりと暖かさに変わる気がした。

 
春が来た。


 
 

 

 

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