恭介のキーボードを叩く音が聞こえる。
それを聞きながら雑誌を読む。
沈黙のひととき。落ち着くひととき。
いつから、そう思えるようになったのだろう。
私にとって沈黙は恐怖の対象でしかなかったのに。
私は沈黙が嫌いだった。苦手だった。
沈黙は、自分の存在を拒絶されたようで。
私が居ることを知りながら、わざと意識を向けないその表れである沈黙。
何よりも、あの人の沈黙は特に苦痛以外の何ものでもなかった。
それなら一人がいいと思った。
でも、いざ一人になると苦しくて、誰かを求めてた。
だから、遼哉が必要だった。
遼哉は、よくしゃべる。
テレビを見ていても、ご飯を食べていても、何をしていてもよくしゃべる。
まるで沈黙を避けるかのように。
私にはそれが心地よかった。
気まずくなることがなく会話が続くのは、
安心しているからだと、そう思っていたから。
私達は、間が空くことを恐れていたから。
たぶん、遼哉と私は同じものに飢えていて、それがわかるからこそ
それをカバーしようと必死にしがみついてたんだと思う。
だけど私はここに来て、ここで過ごしていて、
その考えが少しづつ、自然に、覆された。
雑誌に目を向ける。
コーヒーのことが書いてある。
飲みたいなあと思う。
そこで恭介が居たことに改めて気付いて恭介の分も用意する。
誰かのために何かをしようと思うことすら以前の私は忘れてた。
コーヒーを入れるのに立てた音も、近づいたことも、
集中している恭介には届いていない。
・・・たぶん。
でも、さすがに隣に立ったところで気がついた?
「ん」
ずいと目の前にコーヒーを差し出す。
「お。サンキュー」
これだけの会話。
でも、これだけで済む会話。
これでいいと思う。
これだけですっぽりと収まる。
それを確認して、そして、雑誌に戻る。
存在を確認した上で、意識せず、意識する。
けして拒絶ではなくて、受け入れたからこその結果。
・・・なんじゃないかなあ。
漠然としててよく分からないや。
静か。静かだなあ・・・。
この部屋の中には心地よい沈黙があると思う。
・・・そろそろ、かな。
ふと、そう思った。
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