空夢物語



「本当の本当ーに団長が許可したんですか?」
「ああ」
もう何回繰り返したかも分からない会話をルークとその前を進む少年は繰り返していた。
おどおどした様子で少しずつ歩く少年にあわせ、ルークはその後ろに付いて歩く。
何故この二人で歩いているのかと言えば、事は数分前にさかのぼる。
交渉を終え、ルークが部屋を出るとちょうどここの団員である少年が部屋の前をa通りかかった。
少年は先ほどルークを部屋まで案内した張本人であり、ルークに対しては不信な人物であると
認識していた。そのためもう関わりたくないという態度を示すように小さくなりながら前を
通り過ぎようとしたのだ。しかし、そんな願いもむなしくルークは少年に声をかけた。
「ちょっといいか?今日出てきた【夢の世界に住む少女】の部屋まで案内してくれ」
「それは・・・団長の許可がないと・・・」
少年の気持ちなどお構いなしに、最も触れられたくない事を聞く。
今、このサーカスにおいて最も重要な位置にあるのは【夢の世界に住む少女】だ。
出し物が良くなければ人は集まってはこない。少女は一番人気のある出し物である。
少年にとってみれば、その少女をそうやすやすと関係の無い者に見せるわけにはいかないし、
そんな権限もない。それは団長によって何度も聞かされている事であったし、なるべく
問題に 関わりたくないのも事実だった。
ルークはと言えば、なるべく早く少女をつれてここを去ることを考えていた。
時間がかかればかかるほど出にくくなるのは目に見えていた。交渉が成立していてもだ。
「あー。大丈夫許可なら俺がもらってるって」
「・・・本当なんですか?」
「本当本当。」
そうしていぶかしむ少年に案内をさせ、部屋へと向かった。
そうこうしているうちに、廊下の一番端の少女部屋へと辿り着いた。
「・・・ここ、ですけど」
「ここか・・・」
そういった瞬間にルークは扉を勢い良く開けた。
「な、何するんですかぁ!」
言う事も聞かず、ルークは部屋の中へと進む。
大した広さも無いこの部屋は、団員用の部屋というだけあって清潔感に欠けるものがあった。
しかし部屋の片隅の小さなベッドで少し丸まりながら布団の中に収まり寝息をたてる少女は
それだけで綺麗だった。
ルークは横でまだ心配そうに騒ぐ少年を気にも留めず、眠る少女を抱えあげた。
「・・・ちょ・・・何するんですかぁ!!止めてください!!」
そんな周りの騒ぎや抱えられた事にも気づかず少女は眠りつづける。
ルークは目が覚めていないのを確かめ、今度は抱えたまま立ち去ろうとする。
少年にはルークが何を考えているのか分からず、ただしがみついて「止めてください」と
必死にわめくばかりだ。
そんな騒ぎを聞きつけ、だんだんと団員が集まり始めた。
はじめは興味本位で集まってきた彼らも、ルークが少女を抱えているのを目に留め、
警戒し始めた。
「あいつが抱えてるのは【夢の世界に住む少女】じゃ・・・」
「だれだ?あいつは」
「おい、団長を呼べ!」
そんな声があたりから上がる。
(そろそろやばいか・・・)
本来、人には見つからない様に連れて行くものだが、そんな配慮はルークには見当たらない。
この状況に置いてもルークは落ち着いていた。
団員達がルークの足を止めている間にダイスが現れた。
「団長、何なんですか。こいつ」
あからさまに疑いの目を向ける団員の一人が現れたダイスに訪ねた。
なんと答えて良いのか考えあぐね、ダイスはルークに向かって言う。
「お前、そいつをどうするつもりだ。俺を騙しやがって・・・」
ダイスがルークに敵意を向けると、それにならい、集まってきた者達も敵意を向けてきた。
「これからどうするかは、あんたには関係の無い事だ。それに俺は騙しちゃいない。
金だって36万ジータも払っただろ?」
それを聞き、周りがざわめく。36万もの金を見た事さえ無い者ばかりだ。
少女を手放すだけでそれだけの収入があるのだとすれば手放しても惜しくはない。
しかし、やはり少女無くしてはこれからの収入は考えにくい。
そんな考えに追い討ちをかけるようにルークは言う。
「例えこのままこいつでやって行ったとしても、客はいずれ飽きるぜ。
何の芸もなく毎回これじゃあな。だったら早いうちに36万ジータを振り分けるか、
闇市で新しい奴を買ってくるかした方がおまえらのためだ。どうせこいつも闇市で
手にいれたんだろ?」
しばらくの間、ルークに発言するものは無かった。しかし、
「いいや。信じられないね。こいつが嘘を言ってるかもしれねーんだ」
1人が言うと周りも従いはじめる。
(こんなんじゃ、埒があかねえ・・・)
1人の意見に流される。このサーカスが繁盛しないのも頷けると言うものだ。
(とりあえず、やっぱり強引にでもここを突っ切るしかないか)
そう判断するとルークは少女を肩に抱え直し、空いたほうの手を剣にあてた。
その動作に周りも構えはじめ、むしろルークが動き出す前に捕らえようとしている。
団員達は、毎日芸を磨いているだけあって、普通よりは力があるのだ。
少女を抱えているルークの動きを捕らえる事など容易なのだと判断した。
判断するや否や数人が一斉にルークめがけて動き出す。
と同時にルークも剣を抜き、身を沈めた。
一人、また一人と向かってくる相手をかわし、少し先に立つダイスの元へと突き進む。
訓練され、戦いに慣れた者の動き。
それはあっという間の出来事だった。
自分の攻撃がかわされたのだと気づき、後ろを振り返った時にはもうルークは
ダイスの首へと剣を持っていっていた。
首まで後数ミリというところにある剣に全員の視線が向けられる。
「交渉成立って事でいいか?」
静まりかえった中、ルークの声が響く。
声を発するのもやっとと言う様に、ダイスは頷いた。
それを合図の様に剣をしまう。
そして少女を抱えたまま出口へと歩き出した。
もはや誰もルークに向かって行く者はいなかった。
緊迫した空気の中、ルークは外に出てしばらく歩き少女を抱えなおした。
そして月明かりの中、少女を見る。
あれだけ動かされても決して目を覚ます事の無かった少女はまだ眠りについたままだ。
あの後、サーカスがどうなったのか。それはルークにはわからない。
渡した金で新しい少女の代わりでも買うのか、それともその金で今のまま続けて行くのか。
そんな事はルークにとってはどうでもよい事だった。
今はただ、この少女を連れて行くという目的しかなかった。

 

 

 

 

 

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