空夢物語



ショーが終わり、団長であるダイス・クローツはグラスについであるワインを
味わうわけでもなくちびちびと飲みながらその日稼いだ金を満足そうに眺めていた。
今日の公演も何事も無く無事に終わる事ができた。客も少しずつだが確実に増えつつある。
人というのは変わったものが好きなもので、半年前に闇市で手に入れたあの少女が
舞台に上がってからというもの、この一団も昔よりは潤ってきている。
だが帳簿から赤い字は消えていない。
というのもこの男はもともと道を誤ってこの世界に入ってきた成り上がりで、
たいした能力もないままにここまでのし上がってきたために、
ちゃんとした生計の立て方を知らなかったからだ。
それがここまでこられたのは奇跡とも言えた。
それでもこの男は自分の地位に満足しているようだった。
そんな中、部屋の外が騒がしくなったのを耳に入れた。
疑問に思い、座りながら声をあげる。
「なんの騒ぎだ!?」
すると一人の団員が困った顔をして部屋にやってきた。
「団長ー。なんか変な男が団長に話しがあるって・・・うわっ」
語尾がつまったのは団員が言っていた男らしき人物が部屋に割り込んできたからだろう。
「・・・誰だ?」
不穏の声をあらわにしたダイスに扉から顔を出したルークは不適な笑みでかえした。
「ちょっといいか?団長さんに話しがあるんだ」
釈然としないままにここまで乗り込まれては追い出すわけにもいかず、とりあえず
客用のいすに座らせて自分もその前に腰を落ち着かせた。
客人だとは認めていない為に、もてなしはしない。
「お前、何者だ?・・・まず、名前を聞こうか」
「俺はゼウロス・ルークだ。何者かってのは・・・まあ傭兵みたいなもんだな」
どうも相手、ルークという青年は自信に満ち溢れている様で余裕が彼を取り巻いていた。
何だかよくわからないながらも、神妙な面持ちでこちらから話しをきりだした。
「で、話しとは?」
ワインを口にする。どうも先ほどからのどが乾いているようだ。
「単刀直入に言う。取引しにきた。あの今日出てきた少女を俺に譲ってくれないか?」
「な・・・なにをばかな。おまえ正気か?うちはあれで生活してるんだ
渡せるわけないだろう。無理だ無理。帰ってくれ」
何を言い出すかと思えば、ろくなものではない。あの少女のおかげで
ここまでこられたようなものだ。もしも手放したら一気に潰れてしまう。
冷静を装ってはみたもののワインを持つ手が振るえ、焦りが動作に出てしまっていた。
そんなダイスにたたみ掛けるように、ルークは言う。
「もちろんただでじゃない。金は払う。もちろんそっちの言い値でな」
どうだ?とばかりにこちらを見てくる。そんな大金を持っているようには見えないが、
なぜか追い出す事が出来ずにいた。あの自信はどこから来るのだろうか。
「あいつはうちの金蔓なんだ。そう簡単には渡せねぇ」
36万・・・36万ジータ払う。それでも無理か?」
36万!?」
36万ジータと言えば今の舞台を5年間続けたのと同じ額じゃねーか)
そんな額はそう簡単に手に入るものでもない。
ここだって赤字とは言っても収入はあるのだ。ただ人件費やら何やらと使うので
赤字なだけだ。もしも金を払うと言うのが本当でも、あきらめるわけには
いかない。5年続けていれば繁盛している可能性だってありえるのだ。
「それでも・・・だめだ。譲れねぇ」
「だめか?なんなんら43万ジータならどうだ?」
「・・・・・・・だめだ」
そんな事が長く続いた。その間にどんどんと額は上がっていく。
そのうちに、ダイスはこの額がどこまで上がっていくのかと言う期待と、
あの少女にそれだけの価値があるのかどうか気になってきていた。
(こいつは全然ムキになっているわけじゃねえ。こっちはものすごい額に
圧倒されてるって言うのによ。あの少女にどれだけの価値があるって言うんだ?)
今の時点で認めてしまっても満足いくような金額にまであがっている。
しかし、なにかあの少女に隠されているやもしれないという期待と混乱とで
圧倒されていた。
そんな中で思い出したのが団員達のうわさ。『忘れられた時代』の鍵を握るという。
実際にはダイスは何も知らなかった。
(もしやあのうわさは本当なのか?・・・だとすれば国にでも売っちまえば
さらに値は上がる)
『忘れられた時代』の事を知りたい者は大勢いる。国も例外ではない。
それこそどんな細かな事でさえも大金を叩いて手に入れようとするだろう。
(こいつは、その為に手に入れようとしてるのか?)
そんな疑問を持ち始めた時だった。突然ルークは今までと同じ態度で言ったのだ。
「・・・やめた。やっぱいらねー」
「だめ・・・・・・は?」
今までのテンポでだめだと言いかけて止まる。
「まさか、金がねーって言うのかい?」
「違うよ。金ならまだある。ただ、あいつにそこまでの価値はねーってこと」
急に態度を急変したルークにとまどう。さっきまでの大金話しが
一瞬にして消え飛んだのだ。
「ちょ・・・ちょっと待て、ここまできてそれはねーだろ。
・・・わ、わかった、この一つ前に言ってた金額でいい。それならいいだろ?
もって行け」
このときにはもう、『忘れられた時代』の事などダイスの頭には無かった。
あるのは金だった。
「いや。もういいよ。意味ねーしな」
「な、なら、そのもっと・・・もっと前の額なら?」
帰ろうとするルークを思わず引き止める。それでもルークの態度は変わらなかった。
ここへ来て、跳ね上がった金額はいきなり急降下を始めた。
そのことにダイスは気づいてはいない。ただ、少しでも多くの金を残そうと
必死なのだ。ルークが例え少女の本当の価値を知っていたとしてもここへ来て
急にやめると言うことは本当に価値の無いものだと、何処かでそう
思いこんでしまっていた。完全に罠にはまっていたのだ。
そして元の額へと戻った頃、
「それで良いよ。んじゃ、交渉成立って事で」
ニカッっと笑い、ルークは立ちあがる。
そこへ着てダイスははめられたと知った。
彼はひとつに目が行くと他が見えなくなるのだ。
「これ、約束の金な」
半ば放心状態のダイスを無視してどんどんと行動を移していく。
机の上に白い袋をのせ、中を探るとなんのためらいも無く36万ジータを置いた。
ダイスが視線を動かし、袋を見やると確かに金が沢山入れられていた。
あの途中に言っていた金額はうそではなかったらしい。それに気づくと同時に
後悔の念と怒りが沸いてきた。
しかしその時にはもうルークの姿はこの部屋にはなかった。

 

 

 

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