空夢物語



完全に日は沈み、辺りが寝息を立て始める頃、
街のはずれに大きなサーカステントが置かれていた。
華やかな音楽と明かりがテントを包み込む。

開演時間まであと数十分といったところで、少しでも多くの客を入れようと必死だ。
今日の中の入りはまずまずと言ったところだろうか。
「さあさあ、皆さんお待ちかねの【夢の世界に住む少女】の舞台がついに始まるよ。
どんどん見ていってくれ」

入り口には酒で丸くなった体を抱えたピエロのかっこの男がビラを配っている。
その顔はいかにも作ったと言える笑みでみたされており、
幼い子供をあやすようなにこやかさはないと一目でわかる。
隠してはいるようだが裏の商売をしているのが露出してしまっている。

ゼウロス・ルークはその様子を眺めていた。
青みがかった髪に細身だけれどもしっかりとした身体。
もうすっかりと青年という言葉が当てはまる顔つきだった。
腰に細身の剣をさし、旅に必要なものは最低限に抑えられている為に
少し大きめの白い袋だけを持つという身軽なかっこをしていた。
男は、ふとルークに気づき商売用に作られた笑みを向けた。

「そこのお兄さん、見て行かないかい?今日の目玉は【夢の世界に住む少女】だ」
「・・・【夢の世界に住む少女】?」

「そうだ。知らないかい?今日舞台に立つ少女はこの世界には生きていない。
自分の夢の世界に住み着いちまってるのさ。自分では気づかないうちにな」

そう言ってからちらりとルークを見やる。
そしてその顔に興味が湧いたのを見逃さずに続けた。

「気になるなら見ていきなって。たった30ジータで見れるんだ安いもんだろ?」
「まあな」
まいったなというため息をついてから小銭を探り、30ジータを男に渡した。
男は慣れた手つきで受け取り、にやっと笑い、言った。

「お兄さんには特別に教えてやるよ。この少女は『忘れられた時代』に住んでる
ってうわさが団員中で言われてるんだ。真実を知ってるのは団長だけだがな。さ。
楽しんでこいよ」
男はルークの背中をポンッとたたいて中へと導いた。
『忘れられた時代』それはこの世界の歴史の中で何の記録も、
遺跡も残されていない三百年前から二百年前の百年間の事をさす。
その時代前後の記録などは残されているが、その時代のみがまるで存在しなかった
かのように何も残されていない空白の時代。
誰もがこの謎に首を傾げ、持論を述べるが、それに見合った証拠もない為に
未だに謎とされている。
そんな世界にとって重要なものがこんなちっぽけな町の外れにあるサーカス団の中に
隠されているとも思えなかった。
中に入るとざわざわとした声がテントの中に響いていた。
観客は大人ばかりで子供の姿はない。この深夜には当たり前の事だが。
そしてしばらくしてショーが始まる。
明かりがすべて落ち、曲が鳴り舞台が再び照明で照らし出される。
舞台ではサーカスとしてはまあまあと言える団員達のパフォーマンスが
繰り広げられていた。
パフォーマンスがひととおりこなされると舞台に司会の男が出てきた。
「長らくお待たせしました。それでは皆さんお待ちかねの【夢の世界に住む少女】に
登場してもらいましょう!」
そうして華やかな音楽と共に前に進んで出てきたのはたった1人の少女だった。
とたん、歓声が沸きあがる。
15、6歳の少女で金色の髪は長く、顔は整っていてほっそりとした手足で
舞台の上に立っていた。
身につけている真っ白なドレスには飾りも何もなく反対に装飾品がないからこそ
髪が映えて美しく見えるのかもしれなかった。
確かに美しかった。しかしそれだけで、特に何をするでもなく立っている。
(騙されたか?)
たまにあるのだ。たいしたものを見せずに金だけを取る劇団が。
しかし、それにしては回りの反応は大きかった。
そんな疑問を持ち始めた頃少女が動いた。
しかし、その動きは特別な行動に出るわけでもなく日常暮らしているような動きで
何の驚きも関心もなかった。
どうやらパントマイムのようで手つきが料理をしているような動きを見せている。
パントマイムとしてはすごいのだろう。これだけ自然に見せる事が出来るのならば。
だが、これが『忘れられた時代』に関係している様には見えなかったし、
目玉と言えるものでもない。
しばらくそんな動きが続いたが途中から奇妙な事に気がついた。
少女は演技でやっているのでは無いようなのだ。
目線は一度も観客の方には向かず、見られているとも分かっていない顔で
ごく自然に動く。
(なんなんだ?これは)
もともと闇で行われるようなうさんくささは持っていた為に
まともなサーカスなどは見られないだろうとは予想していた。
そういったものは雰囲気でわかるのだ。
そしてこの少女はさっきの男が言っていた様に自分では何も気づいていない。
ただ見せ物にされているのだ。普通に生活をしている姿を。
突然少女が言葉を発した。手振りから言って家族に夕飯の支度が整った事を
伝えたのだろう。
思ったとおり、少女は椅子に腰掛けて食事を始めた。誰か前にいる相手と
会話をしながら。
それはすべてそう見えるだけであって実際は椅子もなければ食事も相手もいない。
まるで椅子があるように空中で座り、語る。その言葉はルークの知らないものだった。

 

 

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