水曜日                                                                   
                                                      
                                      


 

毎週水曜日、いつも同じ時間、同じ場所にその少女はいる。
辺りが夕焼けに染まる少し前、少女は川岸に備え付けられているベンチに座り、

何か見えないものを見るかのように虚空を見つめている。
俺はいつもその後ろを通り過ぎるたび、少女の目にしているものを見てみたいと

目線を泳がせてみるけれど、何も見えずにいた。

 

「な〜。大地〜。頼むよ〜」
大学の学食で、俺は隆に付きまとわれていた。
ここのところ、こいつはいつもこの調子だ。
・・・確かに俺が隆の誘いに断りつづけているからだけれど。
「何度も言ってるだろ?もうやるつもりはないんだって」
「そう言わずにさ!人数足りねーんだよ。危機なんだよ〜」
何を言ってもこの調子だ。
いつものように何の進展もない会話を繰り返していた時、後ろから声が掛かった。
「な〜に。築山クンってば、また人の彼氏ナンパしてるの?」
「渚」
「おお。松笠!」
俺たちは同時に声をあげた。
明るく、取っ付き易いので男女共に好かれ、それでいて中身は男並にクールな奴。
それが渚だ。

そんな俺の彼女に、隆はここぞとばかりに嘆きだした。

「聞いてくれよ。大地の奴、これだけ俺が口説いてるっていうのに、全然相手に

してくれね―の!」

「しつこいんだよ。こいつ。もう陸上やる気は無いって言ってるのに」

隆が最近俺に付きまとっている理由はこれだ。

陸上サークルのメンバー集め。どこから聞きつけたのか、俺が中高と六年間陸上部

に所属していたと知り、勧誘にやって来る。よっぽど人数が足りないらしい。

まあ、六年間続けていたおかげで、そこそこいい結果は残しているけれど。

「そりゃあさ、何か理由があるなら俺だって引き下がるさ。バイトで忙しいとか、

もう金輪際やりたくない理由があるとか。なのに。こいつの理由ってば、

「めんどくさい」「なんとなく」なんだぜ?納得できるかよ!なあ、

松笠からも何か言ってくれよ」

隆は今にも泣き出しそうな素振りを見せる。

「そうね〜。私もまた大地が走ってるところ見たいとは思うけど・・・」

そう言った途端、隆の顔が輝くのが分かった。

俺を説得してくれると思っているのだろう。だが、俺には渚が次に言うことが

隆の期待を裏切るだろう事が分かった。案の定、

「でも、これは私が口出すことじゃないし。本人がやりたいようにさせてやれば?」

予感的中。

「渚はこういう奴だよ」

苦笑しながら俺は言う。

俺は渚のこういうさばさばしたところが気に入っていた。

基本的に人の事に口を挟まない。それでいながら、相手のことを尊重する。

それが相手もわかっているから渚の周りには人が絶えない。

「〜〜〜そうだった。お前はそういう奴だった」

いまさら気づき、あからさまに肩を落とす。こいつのこのノリも割と気に入っている。

「あ。そうだ。今朝、大地に言い忘れた事があったんだ」

ひらめいたとでも言うように渚が声をあげた。

「何?」

「今日美羽が相談あるって言うから、バイト前に会う約束してるの。だから今日は

先に帰らしてもらうね」

「・・・そういや今日は水曜日か。了〜解」

毎週水曜日は渚のバイトのある日で、バイトが始まるまでの時間、俺らはいつも
適当に時間をつぶしていた。それが無いからといって別に困ることはない。

「美羽ちゃんか。なんかあったのか?」

「ん〜。まだ良く聞いてないから分からないんだ」

「何?誰?美羽ちゃんって。可愛い?」

隆が名前に反応して飛びついてくる。まったく、感情の起伏の激しい奴だ。

「私の友達。可愛いよ〜。でも彼氏いるけどね」

「そんなはっきり言わなくても・・・」

遠い目をして隆が言った。

 

いつものように、自宅への帰り道に川岸を歩く。

「いつもキレイな川に」と書かれた看板もむなしく、ゴミが所々に浮いていたりも

するが、やはり、水の流れる音や、景色は気持ちがいい。

しばらく歩いて、ベンチに目が止まる。

「今日は居ないのか」

いつもの場所に少女の姿は無かった。

俺は少し迷ってから、なんとなくベンチに腰掛ける。

普段より少しだけ低い位置から見える景色は、空の面積を増やしただけで何も

変わらない。

けれど、体に当たる風や、すぐ下から聞こえてくる草の揺れる音、川のせせらぎ

などはこうして落ち着いて見なければ気づかないものだったのかもしれない。

そういえば、走っていた時も、こんな感じだったけ。

走ってみなければ、風がどのように体に当たるのか、どのように周りの景色が

流れるのか分からない。体を動かすことがどんなに気持ちいいのかさえも走って

なければ気づかない。いつのまにか、走ることが自分の一部になっていた

らしい。

どれだけの間、そうしていたのだろう。しばらくぼーっとしていた俺の耳に、

突然女の子の声がかかった。

「こんにちは」

突然現実に引き戻され、驚いたように声のした方に顔を向けた。

そこに居たのはいつもの少女だった。小学生の女の子。

「あっ。ごめん。君の特等席」

思わず口にした言葉はそれだった。自分でも何を言ってるんだと思う。

少女の方も少し驚いた様子なので言い訳をしてみる。

「俺、いつもここ通ってるからさ、いつも君がここに座ってるのを見てて」

「知ってるよ。私もお兄さんが通るの見てたから。だから今日、声掛けて

みたんだ」

えへへと笑いながら、「隣座ってもいい?」と聞いてくる。断る理由など一つも

無い俺は「どうぞ」と返しながら、今日は渚がいなかったから早くここに着いた

のだと、いまさらながらに気づいた。道理でいないはずだ。

「いつもお兄さんが通る時間がちょうど塾の時間なんだ」

俺は、少女が隣に腰掛けるのを横目で見ながらそれを聞く。

つまり俺は時計代わりだったってことか。

「ふーん。塾か。最近の子供は大変だなあ」

「お兄さんの時はなかったの?」

「いや。あったよ」

「なら変わらないじゃん」

笑いを含んで言う少女につられて俺も笑った。

「・・・ねえ。名前、なんていうの?」

「最上 大地。君は?」

「わたしはソラ。飯島 空」

「いい名前だな」

純粋にそう思った。この子らしい。子供なのに妙に大人っぽい。

大きな空のようだ。

「なあ、いつもここで何を見てたんだ?」

「空」

「そら?・・・同じ名前だから?」

「・・・それもあるけど・・・」

言い辛そうに言葉を区切り、ちらりと俺を見る。

聞かないほうが良かったのだろうか?そう思った時、空は話し始めた。

「・・・あのね、私が生まれてから。ううん。もっとずっと、ずぅーっと前から毎日

空は私達の上に変わらずにあるでしょ?」

いきなり話し始めた空の言葉に、話のすじが見えないながらも頷く。

「でも、きっと一日も、一瞬だって同じ空は無かったんじゃないかな・・・って

思って」

「同じ空は無い?」

「うん。雲の形だけでも、全く同じ形ってないと思って。色だってきっと毎日

違うよ」

「それを確かめてるの?」

「・・・確かめるっていうか、見ておきたくて。二度と見ることの出来ないもの

だろうから、せめて少しだけでも私の中に残しておきたくて」

「ずいぶん深いことを考えてるんだな」

「ただ思いついただけだよ。・・・変かな?」

「いや。全然。いいじゃん」

「あのね。この話、誰にもしたこと無いんだ」

「それは光栄だな」

空は満足したように笑い、俺も笑う。

それから俺たちは塾の時間になるまで話しつづけた。

 

話していた時は何も考えられなかったが、しばらく経ってから思った。

空は時間と同じなんじゃないだろうか。

過ぎていってしまって、その時には二度と戻れない。

だから今を大切にしなければならないんじゃないか?

見過ぎすことの無いように。

後悔のないように。

自分のやりたいことをしよう。無いのなら探し出せばいい。

身近なところから。簡単な事だ。

「とりあえず、隆の誘いに乗ってみるか」

「急にどうしたの?」

会話の途中でいきなり言い出した俺に、渚は少し驚いて、それでも分かっていた

ように俺に尋ねた。

「・・・いや、なんとなくさ」

なんだか吹っ切れた気分で、俺はそう答えた。

 

 

 

    

 〜あとがき

下手くそで泣けてくる。。。

初の短編です。(と言っても、長編書いて終わった事ありません())このHP

開設するにあたって、一編くらいは短編ないとなぁと思って出来たのがこれです。

予備校でデッサンしながら考えました()一人称にも少し抵抗あったのでちょっと

心配。内容も・・・と言い続けてもしょうがないのでここらへんにしておきます。

最後に一言。知らない人に話し掛けるのは危険なので控えましょう(笑)