川上家の朝は、忙しい。

「…何やってんだ?」
「和兄!遅い!!」
川上家次女、結(ゆい)はフライパン片手に泣きそうな顔をして
階段から降りてきた川上家長男、和樹(かずき)に怒鳴りつけた。
「今日、当番だって分かってんでしょ!?」
「だからこうして起きてきただろ…」
この家の家事は当番制で成り立っている。
なにせ食べ盛り6人分の食事を用意せねばならないからだ。
「遅い!」
その手には、見事にこげた目玉焼き。
ちなみに目玉は無残にも姿を残していない。
「よく、こんな簡単なものをこんな風にできるな」
「私にやらせたらこうなるってわかってんだから、早く代わってよ!」
「待て。せめて顔を洗わせろ」

顔を洗い、台所に立った和樹はさっさと残り五人分の朝食を用意する。
その手際の良さに嫉妬しつつも感心し、結は自分の生み出したものを横目で見つめた。
「どうすんの…、コレ」
最後の一つを皿に盛り付けながら和樹はそれに答える。
「統(おさむ)にでもくれてやれ。あいつなら喜んで食う」
「…おうともよ!」
嬉々として、結が頷いた。
「ういーっす。おはよーっす」
その時のんきな声を出し、玄関からやってきたのは噂の主、
隣に住む浅井家長男、統である。
続いてあくびをかみ殺しながら入ってきたのは、浅井家次男、俊平(しゅんぺい)。
そして、浅井家長女、祐(ゆう)。
川上家の隣に住む3人が家に来るのは日課である。

ここで補足説明しておくならば、
川上家 祥子 高校3年、和樹 高校2年、結 中学3年
浅井家  統 高校3年、俊平 高校2年、祐 中学3年
である。ここには両家の親の陰謀があると子供達は信じて疑わない。
のんきでどこかずれている両家の親達は、まるではじめから計画されていたかのように
子供達がある程度の生活ができるとわかったとたん4人で仕事にと海外へ飛び立った。
6人が共同生活できるような環境を用意して。
以来6人は自由にお互いの家を行き来し、すっかりこの生活になじんでいる。
お互いが他人の家を第二の自分の家だと捕らえている。遠慮は存在しないのである。

席に着き、祐は一人足りないことに気づいた。
「あれ。祥子姉…は?」
「まだ寝てる。あ。そろそろ起こさなきゃ」
時計を見ながら言った結は、自分の言葉に俊平がにやりとしたことに気づかない。
「まかせろ。俺が起こしてくる!」
言うが早いか、俊平は二階へと駆け出した。
「…ちょっと、今、祥姉起しに行ったの誰?」
「俊平だろ」
言外に「他に誰がいる」と言いながら冷静に和樹が言う。
「ったく、ケダモノが!」
毒づいて、結。
統と和樹と顔をあわせる。
「「「・・・・・・・・」」」
「足で鳩尾に1000」と統。
「平手打ちに300」続いて和樹。
「頭突きに200」最後に結。
祐はおろおろした顔で無言で3人を見るだけだ。
そして、
ガタッ。ガタガタッ。ドン。
上から音がした。
「う〜〜〜。痛てえ…」
お腹を押さえつつ階段から降りてきた俊平を見て、和樹と結は嫌な顔をする。
「大丈夫?」
と聞くのは祐だけだ。
どうせまだ寝ている祥子に手出ししようとして逆にやられている事は目に見えている。
それよりも、和樹と結には今、重要なことがある。
半ばあきらめの表情を浮かべ、和樹が口を開いた。
「どこやられた?」
「鳩尾に、こう、華麗なおみ足でガツンと…」
「勝負あったな」
ニヤリと統が笑う。
「…なんだっていっつも統なんだよ」
「詐欺だ!絶対詐欺!絶対コイツ祥姉と組んでる!」
「ははははは。なんとでも言いやがれ。ほら、出しな」
「悪党!!!!!!」
そして今日も、100円玉5枚が統の手の中に納まった。
「俺と祥子の歴史をなめんなよ。お。噂をすればご本人」
「おはよ」
「あ。祥姉!おはよう」
「よーっす」
「はよ」
「お早う」
「おはよう」
座席に付きながら祥子は頭をかいた。
「ねえ、私何かやった気ぃすんだけど」
ぼーっとした顔であくび交じりに言う。
まだ覚醒はしていない。
「俺!蹴られた!思いっきり!!」
「あ…。そう。ごめん」
「いいのよ!祥姉。ケダモノになんて謝んなくても。自業自得」
「そう?」
「うん!」
「…じゃあいいか」
コレが、川上家長女のいつものペースである。
「にしても和樹ー!なんだよこれー!なんで俺のだけ丸こげなんだよー!
イヤガラセか?俺を殺そう計画第一歩か?横暴だ!俺が何をした!」
「もっと言っていいぞ」
「おう!いいか、コレは料理でない。食べ物じゃない。なんだってこんな…」
「それの製作者は俺じゃない。俺はそんな立派なものは作れない」
「…おお!結か!結が作ったのか。なるほどな。納得だ」
うんうんと頷き、哀れんだ顔をして結を見る。
「お前、コレじゃあ嫁に行けないぞ。まあかまわないがな。そうなったら俺がもらってやる」
「うるさいっ。嫌なら食うな!」
「いや。喜んで食うよ。喜んで。上手そうだなあ。死にそうに」
「にくったらしい!!!!!!!!」

朝食が終わり、片付けて、俊平が時計を確認する。
「やべっ。そろそろ遅れる!」
その一言で一気に慌てる高校生である4人。
用意をして、少し後にでる中学生2人に声を掛けるのは和樹だ。
「じゃ、先行くぞ」
2人が頷いて。
「祥子、そろそろ起きろ」
「んー」
寝ぼけたままの祥子に声を掛けるのは統だ。
そこでふと疑問の声を上げるのは祐
「和兄、バイクじゃ、ないの?」
「ああ、昨日飲んでたからバイト先に置いて来た」
「そっか。気をつけてね」
「ああ」
短く会話をして、
「「「行ってきまーす」」」
そうしてやっと嵐の一陣が家を去る。

数分後、戸締りを確認し、
「さて、そろそろうちらも出ようか」
「うん」
「「いってきます」」
2人が家を出る。
こうして川上家プラス浅井家の一日は始まる。
6人はいつでも元気だ。



・・・・・・・・・・元気だ。